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「射光」
だいぶ寒くなってきました。
いよいよ師走ですね。
最終月なのでやり残したことはないかと、
何かと気ぜわしくなりがちですが、
そんな時はこの『ギャラリー暦』でも眺めて、
気持ちを落ち着かせてください。
と言いつつも、
今月の絵が皆さんの気持ちを落ち着かせてくれるかというと、
ちょっと違うかもしれません。
ジャンルは静物画ですから、
静かな絵のはずですが、
私が描くと、
むしろ見る人を刺激してしまうことがよくあるのです。
というわけで、
今月の絵をご紹介します。
題名は『射光』、
林檎を描いた静物画です。
林檎と言えば、
以前にも《いつか見た空》という絵をご紹介したことがあります。
皆さん覚えていますか?
一昨年の12月のことです。
林檎は季節感がわかりにくい果物ですが、本来は冬の果物です。
『いつか見た空』は編み籠に入れた林檎を描き、
画面上辺にうっすらと青空を描いた絵でした。
リンゴを編み籠に入れた構図は私のお気に入りで、
何度か描きましたが、
やはり新展開を望む気持ちが強くなり、
今回の『射光』が生まれたのです。
新展開の模索は、
まず編み籠からの脱出で始まりました。
まずはリンゴを籠から取り出し、
変化をつけるために青林檎を混ぜてみました。
しかし、それらを卓上に並べただけでは、
面白くないなあと思い、
上からの人工照明を止めて、
書斎の出窓のカーテンを開け、
自然光にしてみました。
すると外から午後の強い陽射しが差し込んで、
一列に並べていた林檎の群れを、
強烈な明暗対比の中、
卓上に浮かび上がらせたのです。
その瞬間、
「これだ!」と思いました。
モチーフはあくまで林檎ですが、
私にはその光景が、
カラヴァッジョが描いた《聖マタイの招命》を思い出させるほど強烈でした。
対比明暗法の力強い効果を、この時ほど実感したことはありません。
光って本当にすごいですね。
見なれたものたちが、
光によってその印象を一変させるということがあるわけですから。
この光景を描く際には、
写生では光が変わってしまうので、
写真を使うことにしました。
ただし写真の場合、
林檎本体の陰の部分と卓上に映る影の部分の区別
(実はこれが一番描き分けるのに難しい部分です。)
ができないので、実景をよく観察しておく必要があります。
また画面の両サイドに出ている影は、
出窓のカーテンの影なので、
林檎本体の影とは距離感や輪郭が異なります。
この違いを出すことも重要と考えました。
そして強烈な光に照らされた卓上の色の変化にも気を使いました。
最後は強い光で飛んでしまっている林檎本体のハイライト部分を補正して、
質感を出すことに腐心しました。
完成したこの絵をまずは自宅のギャラリーで公開したところ、
見られた方々から非常に強い反応が得られました。
次に私が主宰する『陽のあたる岡展』に出品しました。
すると横に並んでいた《世界で一番有名な婦人に抱かれた猫》をしのぐ反応が得られました。
最後は横浜の個展です。
この時は風景画の中に展示したのですが、
ここでも《秋の杜》などの強い作品を抑えて、
一番の反応を得ました。
林檎の絵の新傾向として、
従来の静物画の常識にとらわれない構成を私なりに提案してみたのですが、
結果は作者も驚くほどの好評で、
チャレンジした甲斐を、
今更ながら感じているところです。
泉谷 淑夫