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《 魔法の入り江 》
11月はまだまだ陽射しも強く
空気も澄んでいるので風景も奇麗に見え、
絵を描くには魅力的な季節です。
そこで、
この時期に隔年開講で『野外写生』という集中講義を設定し
二泊三日の旅程で学生たちと野外写生に出かけます。
場所は色々ですが、
私が気に入っている場所のひとつが犬島です。
犬島には4度も『野外写生』に出かけています。
犬島は銅の精錬工場が稼働していた時代には大変潤った島ですが、
工場が閉鎖されてからは人口も激減し
島にあった小学校や中学校も廃校となり
今では子どもの姿を見ることもなくなってしまいました。
長い間、
島のシンボルのようにそびえ立つ
工場の巨大な煙突が廃墟の魅力を強烈に醸しだしていましたが、
今ではそれも企業に買い取られ
自由に見ることや近くに寄ることはできなくなってしまいました。
私はこの煙突と港の反対側にある石切り場が好きで
よくその辺りに腰を据えては絵を描いたものです。
集中講義と言っても、
学生たちはそれぞれの写生地を求めて島全体に散りますから
巡回指導も容易ではありません。
また学生たちも常に見張られているのは嫌でしょうから
私もどこかに腰を据えて絵を描き
時々見回るのです。
犬島は小さな島ですから
小1時間もあれば
島全体をぐるっと回れます。
下見も含めれば何度も訪れた島ですから
知らない場所などないはずですが
それが前回奇跡的にあったのです。
しかも私にぜひ絵を描いてくれと言わんばかりの光景が
私を待ち構えていたのです。
奇跡的と書いたのは
光の効果がそのタイミングでしか得られないものだったからです。
その光景に出会ったのは
一日目の午後で
宿舎を出て写生場所を探していた時でした。
その時はいつもとは逆のルートで港に向かっていました。
そして港へ出る少し手前で
その光景に出会ったのです。
閉ざされた小さな中海の石切り場の近くに
白いボートが一艘繋がれていました。
午後の強烈な西日を浴びて
その辺り一帯が
まるで魔法がかかったように感じられました。
時は停止し
すべてのものが存在の不思議さを
雄弁に語っているようでした。
まさにそこは一種の形而上空間と化していたのです。
魔術師は秋の午後の強い陽射しです。
私の敬愛するデ・キリコと同じ体験を
私もしてしまったのです。
その場所に居たのが私一人だったことは幸いでした。
誰にも邪魔されることなく
その瞬間に立ち会え
その空間と時間を一人占めできたのですから。
とにかくカメラを取り出し
可能な限りその光景を記録しようと努力しました。
西日の効果が生み出した奇跡の光景なので
とにかく光の印象は確実に捉えなければなりません。
と同時にそうすることで、
その場の光と雰囲気をできるだけ長く体感しておくことが重要でした。
そうすることが後でこの光景を絵にする時に役立つことを直感していました。
1時間ほど経った頃
私にようやく冷静さがもどり
その場所を客観的に眺められるようになりました。
その時は風が凪いでいたので
水面が鏡のようになっていて
石切り場の長方形の石の反映とボートが
寝かせたY字形のようになっているところに惹かれたのだということにも気付きました。
翌日は朝からその場所に行き
構図を決めてから終日水彩で描きました。
もちろん光の条件は異なるので
あくまで風景の構造的な成り立ちを把握するのが目的でした。
それでも前日の印象が強烈だったので
なんとか魔法にかかったような不思議な雰囲気を出せないものかと苦闘しましたが
上手くはいきませんでした。
結局そこはあきらめて
帰ってからのアトリエでの楽しみにしました。
それから2ヶ月後、
その時の印象を私なりに描きとめた第1作が完成しました。
第1作と書いたのは、
最初からあの光景は今後何回か描くことになるのが予想されたからです。
それほどあの光景との出会いは強烈だったのです。
M8号の第1作の画題は《 魔法の入り江 》としました。
まさに私が感動した最初の印象を描きとめたからです。
第2作はP6号で
趣向をがらりと変えて
次の日に見た現実的な光景を描きました。
手前に四角い石を入れ
風に水面を少し波立たせ
動きも出るようにし
《 午後の入り江 》と題しました。
言わば第1作の対照作です。
この2点はすぐに買手が付いたので
第3作目は
自分の手元に長く置くつもりで、
M30号の大きいサイズにしました。
1作目と2作目を組み合わせた感じで
その場の総合的な印象を描きました。
独特の静けさを表したかったので
《静かな入り江》と題しました。
今回は《魔法の入り江》を皮切りに
『入り江三部作』をすべてお見せします。
皆さんに私の感動が伝わるでしょうか?
また、皆さんはどの「入り江」の絵に惹かれるのでしょうか?
泉谷 淑夫