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《十月の風》
秋は私が最も好きな季節です。
中でも10月は暑くも寒くもなく
本当に過ごしやすい時期です。
また、生まれ月でもあるせいか
とりわけ愛着があります。
絵描きは周囲の色の変化に敏感ですから
樹々の緑がやや褐色調を帯びてきたり
田園の稲穂が少しずつ色づき
黄金色に変容したりしていく様は
何度見ても見飽きません。
そして抜けるような青空を心地良い風が吹き抜けるのもこの時期です。
人生の諸段階で言えば
私も「秋」を迎えている一人ですが、
今の日々が「実りの秋」であったと後で振り返られるように、
健康で充実した生活を送れるようにしたいと
常々思っています。
今月の絵を紹介します。
題名はずばり《十月の風》です。
大樹が茂る小高い丘をさわやかな秋風が吹き抜け
その風をとらえて
一羽の鳶が気持ちよさそうに
空高く飛翔している場面が描かれています。
描かれているのは国道53号線沿いの風景で、
場所はJR津山線の弓削駅を過ぎた辺りだったと記憶しています。
場所があいまいなのは、
この風景を取材したのが
私が岡山へ移ってきて2年目の頃だったので、
まだ土地勘がないためです。
この頃の私は観光者気分で
休日に風景取材を兼ねて、
よくドライブをしました。
もともと田舎の風景は好きだったのですが、
丘あり、
山道あり、
大樹ありの
変化に富んだ国道53号沿いの風景は、
大いに私の絵心を刺激してくれました。
この風景を描くにあたり、
まず考えたのは画面の形です。
私が感動したものを表すには
通常の形では物足りないと思い、
著しく横長の画面を採用することにしました。
サイズは 58.5×117 (cm) で、
ちょうど縦と横の比が1対2です。
しかも私が描く風景画としては
かなり大きいサイズです。
この画面の形を活かすために
丘の上の杜を思い切り左側に寄せ
丘の稜線を右側に引っ張って、
広がりのある空間を演出しました。
さらに横の動きを強調するために
雲をたなびかせ、
そこに一羽の鳶を配しました。
左側の大樹の杜と右側の鳶一羽では
極めてきわどいバランスですが、
この絵を見て
丘を吹き抜ける風を感じてもらえたら
作者としては嬉しいところです。
この絵は完成後、
横浜高島屋での初個展に
風景画のメイン作品として出品されました。
その初日に大学時代の恩師である
国領先生が奥様と来てくださり、
「風景画がいいね。雲が上手くなったね」
と久しぶりにこの絵をほめてくれました。
正確には後で奥様から
先生がそのように言っていたと聞いたのですが、
よくよく振り返ってみると、
大学の卒業制作でほめられてからは
国領先生からは一度もほめられていなかったので、
約25年ぶりの「事件」であることに気付かされました。
そして国領先生はその1年半後に他界されたので、
これがほめられた最後の機会になってしまいました。
思えば私が絵を一生の仕事にしようと決めたのも、
大学3年の夏の集中講義で描いた裸婦の絵を、
国領先生にほめてもらったのがきっかけでした。
その翌年から神奈川県美術展で大きな賞を3年連続で受賞し、
絵描きとして最高のスタートを切ることができました。
そしてこの絵の時も、
翌年(1998年)に
二つの全国公募コンクールでグランプリを受賞し、
最難関の小磯良平大賞展でも初入選を果たすことができました。
人間って、やはりほめられると
やる気を出すのかなあと思わざるを得ません。
今でもこの絵を見ると、
その頃のことが鮮明に思い出され
とても懐かしい気持ちになります。
泉谷 淑夫