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「アルカディア」
9月ともなれば晩夏、
以前は涼しさを感じたものですが、
近年の日本は厳しい残暑たけなわで、
まだまだ蒸し暑い日々が続きます。
そんな日本に居ると懐かしく思いだされるのが、
かつて旅した北ドイツの9月です。
北ドイツの気候は北海道に似て、
9月になるとぐっと涼しさが増します。
日本の11月初旬といった感じですから、
当然上着は要ります。
空気が澄んでいて湿度が低く、
過ごしやすいので旅行するには最適です。
私たち夫婦が訪れた時には、
教え子夫妻がブルグドルフという田舎町に住んでいましたので、
その郊外で見た何気ない広野の眺めに私は夢中になりました。
広々とした野原の間を小川が縫うように流れ、
紅葉の始まった樹々が景色に彩りを添え、
大自然の息遣いを風が運んでくるような楽園。
そんな風景の中を自転車で、心行くまで一人で取材してまわったその時の印象は、
今も網膜に焼き付いていて、以来私の絵にも北ドイツの風景が時々顔を出すのです。
今回はそんな一枚を紹介します。F6号の楕円形の画面に描かれた絵で、
題名は《アルカディア》です。
「アルカディア」とは、かつて南ヨーロッパに存在したと言われる理想郷です。
南の温暖な気候の方が “楽園” のイメージにはふさわしいからでしょう。
しかし私は北ヨーロッパの涼しい気候の方が好きなので、
勝手に「アルカディア」を北ドイツに設定して絵を描いています。
大空に向かって伸びるポプラの樹がとりわけ好きという理由もあります。
ところで、ここに描かれた風景は北ドイツの風景を意識していますが、
あくまで私のイメージの産物です。
羊のいる風景を描く場合、
写真を参考にすることはありますが、
写真にとらわれ過ぎると、
自分の表現したいものがうまく出せないことも多いのです。
ですから写真を参照するにせよ、
自分の原初のイメージを大切にするように心がけています。
この絵では、
画面に登場している「5匹の子羊たちの未来への期待」をテーマにしました。
川岸を挟んで2匹の親羊がくつろいでいますが、
彼らはゆったりと移動する気球の浮かぶ空を眺めているのです。
雲や気球の動きから風向きを推し量っているのかもしれません。
彼らと子羊たちの間には小川が流れているので、
簡単には行き来ができません。
これは子羊たちの自立を暗示した状況設定なのです。
仔羊たちは子羊たちでたくましく育ってほしい。
私たちは少し離れて、その様子を見守っていこうということかもしれません。
ポプラの大樹を5本にして、
子羊たちの数と揃えたのも、
子羊たちの豊かな成長を願ってのことです。
このように寓意画には、
色々な思いを込めることができるので楽しいのですが、
それが説明に終わったり、
解釈の押し付けになったりするのは避けなければなりません。
あくまで絵としての魅力で鑑賞者を引き付け、
画面から自由な解釈を促したいのです。
ですからこの絵では、
風景の奥行や広がりが単調にならないようにしたり、
子羊たちのポーズや表情に工夫を凝らしたりしました。
親の方を見ている後姿の羊、
こちらを振り向いた羊、
向こうからやってくる羊、
仲良く連れ添う羊と、
その姿は様々です。
皆さんはどの羊がお気に入りですか?
部分図としては手前の中央で並ぶ2匹をピックアップしてみましたので、
子羊の気持ちをポーズや表情から想像しながら、
ゆっくりお楽しみください。
泉谷 淑夫