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「存生」
今回紹介する一枚は、《存生(ぞんじょう)》と題された南瓜の写生画です。
この絵の完成が6月だったことをよく覚えているので、今月の絵に選びました。
南瓜は私の絵によく出てくるモチーフの一つで、
写生画にも構想画にも欠かせないものです。
南瓜の内から湧き上がってくるような独特の形状が好きで、
それは私に物を描く楽しさを教えてくれます。
しかも南瓜は日持ちするので、じっくりと写生するのに適しています。
《存生》が描かれたのは今から15年前の2002年のことで、
この年は正月から南瓜ばかりを描いていました。
《存生》に描かれた大きな南瓜は、
毎年2月25日に行われる大学の前期日程入試の
美術実技試験のモチーフの一つとして用意されたものでした。
実技試験が終わってしまえば、
お役目御苦労様ということで処分されます。
ところがこの時は、私がこの南瓜をえらく気に入ってしまったので、
絵のモチーフにするということで、私が引き取ったのです。
それくらいこの南瓜の珍しい色と形に惚れこんだわけです。
早速家に持ち帰り、しばらく眺めた後、
棚の上にセッティングして、3月から第一作を描き始めました。
この第一作は、2冊目の作品集に収録されている《豊饒》というF6号の作品です。
この絵は写生をしている途中に背景を空に変え、
小さな羊飼いと羊の群れを配して、
静物画から構想画に変えてしまったという経緯があります。
相当丹念に南瓜の表面の模様を描きこんだので、
制作に時間がかかり、完成したのは4月の下旬でした。
そんなに長く描いていたのに、この南瓜はほとんど形状や色艶が変わりませんでした。
驚くとともに私はもう1点描いてやろうという気になりました。
そして今度は最後まで静物画として描くと自分に言い聞かせました。
第二作は5月の連休の頃から始めて、完成したのは6月でした。
今度もとにかくよく観察して、執拗に細部を描き込みました。
それくらいこの南瓜の複雑な表情を見せる
表皮のテクスチャーは私を惹きつけたのです(ディテール画像参照)。
極細の筆を使っての描き込みは、眼と手の神経を研ぎ澄ませて行うのですが、
自分が眼になりきっていると感じられる瞬間は、画家としてまさに至福の時なのです。
2月の下旬にもらった南瓜が、6月まで持つとは思っていなかったので、
この南瓜に対し「よくぞここまで付き合ってくれた」という感謝と敬意を表して
《存生(ぞんじょう)》と題しました。
《存生(ぞんじょう)》とは「長く生きながらえていること」の意です。
南瓜に一つの宇宙を見ている私としては、
この南瓜のたくましさは本当に心打たれるものがありました。
その後、このような南瓜との出会いがなかなか無いのは残念なことです。
泉谷 淑夫