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「湿原・霧」
今年も早いものでもう6月です。
5月の下旬から何となく空気が湿っぽくなってきたと、
感じているのは私だけではないでしょう。
すでに沖縄は梅雨入りし、
もうすぐ日本列島全体が、
しばらくは少し憂鬱な季節に入ります。
そこでギャラリー暦だけでも、
スカッと行きたいところですが、
今回は季節にお付き合いして、
湿っぽい絵をご紹介します。
《湿原・霧》は1994年の作です。
暗示的で象徴的な傾向の絵ですが、
珍しく「羊」の出てこない一枚です。
このように、私は時々イレギュラーな絵を描きます。
この絵の場合は、
『北の大地展』というビエンナーレ形式の
全国公募コンクールに出品するために描いたところから、
このような絵が生まれました。
『北の大地展』は、
コンクールの主旨に「北海道のイメージを表現する」
という課題を入れていますので、
絵の内容が何でもいいというわけではないのです。
そこで私が思いついたのが、
かつて訪れたことがあり、
強い印象を持った釧路湿原のイメージでした。
そこを舞台にして、
私のテーマである
「文明と自然の関係」を表現できないかと考えたのです。
そしてとにかく画面全体を湿っぽく、
陰鬱な感じにしようと描きました。
地味な絵ですが、
運よく入選することができました。
全体に霧がかかったイメージの画面ですから、
細部をよく見てもらうために、
今回は部分図を3枚用意しました。
まずは中央に位置する水溜りです。
道らしきものがぬかるんで、
水溜りができ、
轍の後も残っています。
しかし「道」はその先で唐突に消えています。
道の先には、
深い溝とひび割れたむき出しの大地の一部が顔をのぞかせています。
視線をその先にやると、
一台の軽トラックが見えます。
ドアが開けっ放しになっているので、
その場に捨てられたのでしょうか。
そもそもこの軽トラックはどこから来たのか不明です。
右手には古いドラム缶が2個、
これも置き去りにされた感じです。
このように画面には謎が満ちていますが、
それを象徴するかのように、
湿原には遠くから霧がかかり始め、
やがて今見えている手前の空間も濃い霧に覆われていくのでしょう。
この状況から脱け出そうとするかのように、
今1羽の鴉が画面前方を右から左へと、
低く滑空していきます。
この鴉は、
画面の中で唯一生命感があり、
動きを感じさせるものです。
そしてこの画面全体も、
この鴉が俯瞰したものなのです。
このような絵は、
見る人が画面から色々な物語を想起してくれることを期待しています。
私自身の思いは、
これらのモチーフとその組み合わせや状況設定に託されていますが、
それをどう読み取るかは皆さんの自由です。
ぜひ、この謎に満ちた画面をどう解釈するのか、
チャレンジしてみてください。
雨降りで外出を取り止め、
ちょっとした時間ができた時などに、
この絵に向き合っていただければ、
作者としては本望です。
泉谷 淑夫