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《冬の散歩》
今回皆さんに紹介する一枚は
《冬の散歩》という小さな絵で
珍しい八角形の形をしています。
正式な題名は《ワイエス風・冬の散歩》と言います。
ワイエスとは、12月の絵で紹介した
アンドリュー・ワイエスのことです。
つまりこの絵には、「元ネタ」ならぬ「元絵」があるのです。
「元絵」はワイエスが1951年に描いた《踏まれる草》※ という絵です。
この絵は1974年の日本初の『ワイエス展』にも出品され、話題になりました。
なにしろその構図が斬新で、描写の密度も異常に高かったからです。
黒いマントをまとい、
長いブーツを履いて歩くワイエス自身の脚を見下ろしてアップで描き、
ブーツに踏みつけられる冬の草を、
これでもかというくらい緻密に描写しています。
画面右上には、
ワイエス自身が立つ丘から見下ろした雪をかぶった遠くの丘が描かれていて、
その距離感たるや、目がくらむようです。
この絵はワイエスの「自画像」とも言われています。
(著作権の関係で、ここにその絵を提示することはできませんが、
興味のある方は文末に記載した参考サイトやネットで探してみてください。)
以来この絵の構図は、
私の頭の片隅に長い間残っていました。
それがある時ふとよみがえる機会がやってきました。
結婚してしばらくしてから
実家の畑を妻と散策していた時のことです。
私は冬枯れの風景を写真に撮っていたのですが、
畑の雑草を踏みしめて歩いていた妻が、
突然
「ねえ見て!ワイエスみたいでしょ。」
と私を呼んだのです。
その時、
右足を前に出していた妻のポーズが、
ワイエスの《踏まれる草》の構図と重なりました。
妻もその絵の構図を覚えていたのです。
しかも妻はその時、
偶然にも黒いマントをまとい、
編み上げのバックスキンのブーツを履いていたのです。
私は急いでカメラを向け、
あの構図を意識して数枚の写真をフィルムに収めました。
その写真を元にいつか絵を描こうと思っていたのですが、
いつのまにか時は流れ、実現したのは随分後のことでした。
ある年の2月、妻の誕生日にこの絵を贈ったのです。
実は『ワイエス展』には結婚前に二人で行った思い出もあり、
ワイエスは妻も好きな作家だったので、
良いプレゼントになったようです。
この絵で苦労したのは、
冬枯れの丈の長い草がふわっと持ち上がっている様子でした。
その感じはある程度出たように思います。
妻の足元で見上げている猫は、
最初に飼っていたジローです。
ジローは大変頭のよい俊敏な猫で、
私と連れ立って丘や畑をよく散歩しました。
常にジローが先導し、
私がついていくパターンで、
コースはいつも同じでした。
そんなジローとの思い出もこの絵に重ねたのです。
泉谷 淑夫
※《踏まれる草》、原題:Trodden Wood
ここでは、ワイエスが日本で初めて紹介された『みずゑ』での表記《踏まれる草》を、最初の出会いを大切にし採用しました。現代では《踏みつけられた草》というタイトルが一般的に使われているようです。
【参考サイト】アンドリュー・ワイエス 公式サイトのギャラリーへ